洋種山牛蒡(ようしゅやまごぼう) 撮影日:2007年9月22日 撮影:管理人洋種山牛蒡(ようしゅやまごぼう) 撮影日:2007年9月22日 撮影:管理人9月も下旬、さすがにこの時期になると、日中でも30℃を上回ることはほとんどないが、それでも、最高気温は28℃前後と、例年に比べるとかなり高めに感じる。
写真は洋種山牛蒡(ようしゅやまごぼう)。かなり以前“今日の一枚”にも載せた野草だが、その頃に比べ花の時期が遅くなったのだろうか、9月を大きく廻ったこの時期に、まだ花の咲いているものもあるようだ。
そんな野草たちの振る舞いに、ふと季節が分からなくなる時もある昨今、遥か昔から不動のものと思われてきたこの国の四季も、大きくその形を変えつつあるのは確かなようである。洋種山牛蒡(ようしゅやまごぼう)の花 撮影日:2007年9月22日 撮影:管理人今後それがどう変わっていくのか、学者等の推論だけでは容易には判断し難いが、植物たちの変化からその事実だけは感じ取れる。
ところで、この洋種山牛蒡(ようしゅやまごぼう)、花が中国原産の山牛蒡(やまごぼう)と類似し、原産国が北米ということでその名が付いたということだが、山牛蒡(やまごぼう)と違い、根を中心に有毒成分を含むため、食すると中毒をおこすようである。また、黒く熟した実はフェトラッカニンという色素を含み、赤インクの代用として使われたこともあるということだ。
ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属の多年草、別名アメリカ牛蒡(あめりかごぼう)とも呼ばれる、明治の初め頃渡来した帰化植物である。
多分、この野草の実が終わる頃には、本格的に秋を感じるようになると思うが、今年の、異様な暑さに包まれた夏が去った後、一体どんな季節が廻ってくるのか、そんな不安を拭えないまま、9月も残り一週間を切った。
そろそろこの地域も実りの秋に突入する。

~『わが街飯田市を見下ろすように聳え立つ風越山(ふうえつざん)。718年(養老2年)に泰澄(たいちょう)により開山され、山頂近くに“白山社奥社”、山の麓に“元山白山神社”がある。その奥社に奉られた“白山妙理大権現”から、山を権現山(ごんげんやま)、麓の神社の森を権現堂(ごんげんどう)と呼ぶようになった。毎年敬老の日は、この権現堂(ごんげんどう)元山白山神社の秋の祭典が行なわれる。』~
地元の秋祭り’07 撮影日:2007年9月17日 撮影:管理人地元の秋祭り’07 撮影日:2007年9月17日 撮影:管理人昨年載せた「地元の秋祭り」の一節である。当然だが、今年も敬老の日にその祭りは行なわれた。昨年は神社参道の警護を仰せつかった私。今回は、町内の神輿自体の警護として神社まで同行することとなった。
私の住む町は、氏子の地区の中で東の端に位置する。町内を練り歩いた後の神社までの道のりはかなり長い。途中、区画整理で道路は広がり、まばらに見える住宅の間を練り歩き、車を避けながらの道筋となる。
多分昔は、住宅地を抜け、人々と田や畑が見守る中、収穫の喜びと次年の変わらぬ豊作を祈願しながら、目指す神社まで練り歩いたのだろう。参道から境内に向かっての勢い込み 撮影日:2007年9月17日 撮影:管理人今日(こんにち)のように道路が幅を効かし、木々さえもまばらになった中では、どうしてもその違和感は拭えないもののようである。そんな訳で、最初の2枚はなんとも寂しげな違和感の残るショットとなった。しかし、これも確かな現実である。
田が減り畑が減り大きな道路が走る。変わる地域環境の中で“祭りのみ”を残す意味に、正直なところ少々疑問を感じるが、こうした祭り、時代の流れと進む都市化が齎す弊害のためか、年々気薄になっていく住民同士の繋がりを、多少なりとも強くする力は持っているようである。
国は方向を失い、その中枢では国民不在の茶番劇が繰り広げられている。そんな状況の中、高齢化社会を見据えた上でも、隣人との繋がり、地域との繋がりは、さらに必要なものになってくる。
本来、住民の意識向上を元に、自然に出来上がって行くべきものとは思うが、それがままならぬ現状の中で、こうした地域の中の神社の、昔から伝わる祭りがそのけん引役となっても良いのかもしれない。そう思ったとき、腰痛持ちゆえの、祭りの後遺症による腰の痛みも、多少軽減される思いがする。
ともあれ、今年の我が地域の秋の祭りも無事に終わり、秋本番も目の前となる。

一昨日と昨日、横たわる秋雨前線のためか、久しぶりの雨となった。夜の気温は20度を下回り、やや肌寒さを感じるが、日が差せば、日中はまだ夏の名残を感じさせる。しかし、そんな日中でも、もう30℃を越えることはなさそうである。
午後のこと、病気療養中の知人を見舞いがてら立ち寄った城址公園の脇に“犬酸漿(いぬほおずき)”が咲いているのを見つけた。小さいながらその花は、一人前にナス科の花の特徴を持ち、受粉のための昆虫を誘うがごとく必至で咲いていた。すでに結実が見られるものもある。
この野草のように、名前に“犬”の付く野草は結構多い。「役に立たない」という意味で付けられるようで、この犬酸漿(いぬほおずき)は「酸漿(ほおずき)に似ているが役立たない」ということになる。また、ナス科ということからなのか“ばかナス”なる別名もあり、それほど好まれなかった野草なのかと、少々気の毒にもなってくる。
犬酸漿(いぬほおずき)、8月から10月ごろ小さな白色の花を咲かせる、ナス科ナス属の一年草。全草・果実共に有毒ということである。
突然世を騒がせた首相の辞任。今日までの経緯から、伏線は敷かれていたようにも思うが、そのタイミングから、政治家としての視線の先を自ら露呈したような結果となった。お友達内閣、お坊っちゃん政治家などと、いろいろな言われ方をされたが、議論もせず、強行採決で決めてしまった法案すべてを考えた時、その責任はかなり重いと感じている。
この御仁と共に、議論を忘れた今の国内政治に、野草のように、役に立たない意味の“犬”を付けたくなるが、改革の名の元に変えられてきた今の状態を見る時、一緒に有毒のレッテルも貼りたくなるのが正直な気持ちだろう。
ところで、この犬酸漿(いぬほおずき)、他の有毒植物同様に民間薬として利用できる。毒を持つ“犬もの”も使い方次第ということになるが、国の中枢に生える有毒な“犬もの”は果たして薬になり得るのだろうか。もしかしたらそのカギは、我々個人個人が握っているのかもしれない。

関東から東北、そして北海道までを、真っ二つに分けるかのように進んだ台風9号。まるで脇腹から入り、脳天から抜けていった感じだが、その大きさに比例するように各地でかなりの爪痕を残していったようである。幸いこの地域は、さほど大きな災害には至らなかったようだが、実り始めた稲や、収穫を間近にした果樹などに被害が出たのではないのかと、やや心配になる。
画像は“釣船草(つりふねそう)”。以前、今日の一枚にも載せたことのある野草だが、その形状から結構興味を惹いたものの一つでもある。環境の変化からか、最初見つけた場所では、かなりその数を減らしてきていたが、崖下の川沿いに、黄釣船(きつりふね)共々その生息区域を移していたようである。ただ、そこまで下りられる道もないため、簡単には近づけそうもないことが唯一残念なことである。釣船草(つりふねそう)、ツリフネソウ科ツリフネソウ属の一年草。別名、紫釣船(むらさきつりふね)。
まだまだ自然が残るこの地域、台風を始め、続く異常気象による災害からも、なんとか守られているように感じられる。しかし、果たして、この先いつまでその自然の砦が通用するのだろうか。この山の麓の公園にも見られるように、訪れる側と向かえる側、人々の行動により変わりつつある環境が、かなり気がかりな昨今、今年も一体どんな秋が廻ってくるのか、期待と不安の入り混じった気持ちでその訪れを待つことになりそうである。

9月に入り、幾分日中の暑さが戻ってきたようである。それでも朝夕は、季節の変化を知らせるかのように気温の低下が見られ、雨の日の夜などは肌寒さを感じる時もある。
この時期、野草たちは花から実へと子孫を残すため変化を始めるが、温暖化による気候変動ためか、その形態に混迷が見られる。季節の移り変わりを教えるように、芽吹き、花を咲かせ、そして実を結ぶ。今まで、毎年のように繰り返してきた野草たちの生態も、その法則性を失いつつあるように思える。ここ数年、目に付くようになったその変化に、少々危機感を感じるのは正直な気持ちだろうか。
写真は8月中旬に見つけた“蘿摩(ががいも)”の花。古くから知られる植物らしく、我が国を始め、東アジアの温・暖帯地域に、広く分布しているということだ。葉・実とも薬効成分があり、滋養強壮、腫れ物、解毒・虫刺され、血止めと、用法は違えどその用途はかなり幅広い。また、若いものは実・葉とも食用になるらしいが、根の部分はアルカロイドを含み有毒ということである。
和名、蘿摩(ががいも)。有効成分は、プレグナン誘導体サルコスチン、ブレグラリン、ネタプレキシゲニン、ベンゾエルラマノン等々。別名「カガミ」・「カガミイモ」と呼ばれる、ガガイモ科ガガイモ属の多年草となる。
毎度感じることだが、名前を含み大抵の野草には人の生活と密着したものが存在する。昔はそれだけ自然が豊富だったことを意味するが、同時に、誰しもがその大切さも分かっていたようにも思う。それが当然のことのように。
植物があり、それを利用して生きる小動物がいる。それを餌とする動物もいる。植物を含め、朽ち果てた生物は大地に戻り、そこに生息するものたちの糧(かて)となる。嘗て(かつて)は人もその輪の中にいたはずである。
少々エキセントリックな考えと思われるかも知れぬが、田畑を耕しながら自然と共に生きていた時代の、緩やかな時の流れを取り戻すことが、壊れ行く環境の最善の対応策ではなかろうか。
ふとそんなことを思う9月の初め、そろそろこの地域にも実りの秋が廻ってくる。