
2010年も早二ヶ月が過ぎた。今日2月の4日は二十四節気の一つ、立春である。今日から立夏までが暦の上の春になる。立春を過ぎると、少しずつ寒さが緩み始め、春の気配が感じられるようになるが、この“立春”、そういった気象状況から定められたのではなく、冬至から春分までの中間点としての単なる暦法上の都合ということだ。撰日法(せんじつほう)による節切りでは、立春から啓蟄までが正月となる。

さて、我が飯田地方、一日の日にドカ雪を齎した低気圧の影響で、昨日辺りからまた寒さがぶり返している。しかし、晴れた日には早々と朝の日差しが部屋の中に射し込み、まだ焦点の定まらぬ私の眠気眼を開かせてくれるようになって来た。そんな春めく日が増えつつあるこの頃、そろそろ寒さとも別れを告げたいとばかりに、我が身体はもう春の体制に入っている様子である。ゆえに、このぶり返される寒さはやたら骨身に応えるというのが実感だろうか。
画像は先月の終わりに、山麓公園付近で撮影した猫柳(ねこやなぎ)と土筆(つくし)である。この時期、こうした野草たちが、年々変わりつつある気候の中で、その気候の変化を確かめるように、出ては枯れ出ては枯れを繰り返しながら、やがて来るであろう暖かな季節に向けて、勢力を伸ばすべく挑戦を繰り返している。
そんな彼らの生態に、自然界の持つ逞しさを痛感するが、果たして今季もいつも通りの季節が訪れるのか、彼らのその動きからは読み取れない。
立春を迎え、早々と春の暖かさが恋しくなっているが、今この地方には低温注意報が出されている。例年ならば寒さはこれからが本番となる。

暖冬といわれている今季だが、1月の気温は上がったり下がったりと寒暖の差が著しい。今週の日本列島は、暖かかった先週とは打って変わり、2月の頃を思わせるほどの冷え込みとなっている。ここ飯田地方も例外ではなく、連日凍てつくような日々が続く。昨日14日は真冬日となった。
その昨日のこと。前日からの雪は10cm程度は積っただろうか、久々に白い絨毯に覆われる我が生息地域だった。まだ雪が断続的に降り続く中、完治していない五十肩と、相変わらず心許ない我が腰を心配しつつ、意を決して雪掻きに挑んだわけだが、氷点下という気温のため午前10時前後という時間帯にも関わらず、雪掻きで現われた地面はあっという間に白くなっていった。
車とその周り・公道までの脇道等々と、なんとか粗方の除雪を終え、いつもの「ついでの写真撮影」となる。掲載の写真は、近くの雪景色と木の枝にいたキジ鳩。寒いのだろうか、耐えるように木の枝で丸くなりじっとしているのが印象的だった。
予報では、来週はかなり暖かくなり、場所によっては桜の咲く頃の気候になるという話しだが、やっと寒さに順応しようとしている我が身体を思うと、その暖かさの後に来る気温が気になるところだ。
続く寒暖の差に、老いたわが身体は悲鳴を上げそうな毎日、本来ならば寒さはこれからが佳境に入るはずである。あのキジ鳩のようにじっと寒さに耐えながらも、早々と春の到来を心待ちにしている軟弱者の私である。
2010年、平成22年の幕開け。
某大国を始めとして我が国でも政権交代がなされ、“チェンジ”を合言葉に、諸々に新たな進展が期待された昨年だったが、世界を巻き込む不況の嵐は、資本主義という経済システムの欠陥を浮き彫りにした。
未だその経済神話を信じるものたちは、環境のための会議においても、損得の感覚から離脱できないようだが、己たちの生存区域を自ら狭めるような行為は、そろそろご法度にすべきだろう。
環境・経済ともに大きな不安を残したままの新年の幕開けとなったが、欠陥だらけの今の経済システムを捨て、新たな仕組みを作り上げられるかどうかが今後の一番の課題となろう。
何を求めどこへ行くのか。当然、我々個人の生き方もそれに大きく関わってくるのは事実。落ち込む経済の中、“氾濫するエコという言葉のまやかし”に惑わされることなく、本当の意味でのエコロジーを考えて行きたいものである。
そんな新年を迎え、毎度の在り来たり表現となるが、この新たな年が全ての人々にとってより良い年になることを心より願いながら、「バーチャルタウンいいだ」から2010年寅年の年賀。
本年もよろしくお願い申し上げます♪
◆ ◆ ◆
平成22年 元旦
バーチャルタウンいいだ
管理人
マイヒットカレンダー2010

気がつけば12月、師走と呼ばれる月、今年も残り一月を切ったことになるが、月の初めということもあるのか、世の動きにはまだまだ年末らしさは感じられないようだ。来年に向けてさらに厳しさを増しそうな経済の流れの中、果たしてどんな年末になるのか、どんな年を迎えることになるのか、少々不安な気持ちで残り少なくなった日めくりをめくる毎日である。
そんな年末、我が連れ合いは、昨年12月に「マイヒットカレンダー」としてこのブログに載せたカレンダーを今年も購入してきた。「トイレで知る・考えるカレンダー」。昨年「カレンダーをトイレに置くことは運気が下がる」と教えられたが、小さく「もし2%の人に読んでいただけたら・・・」とも書かれているそのカレンダーは、そんな風水さえも忘れるくらい、今を、今の時代を、真剣に考えさせてくれる。やはり今年もわが家ではヒットカレンダーとなった。
今年の月別のお題は、1月「ニューリーダー」、2月「愛ちゃんは太郎のお嫁さん」、3月「忠虫『ハチ』の噂」、4月「新休日提案」、5月「うちの親父」、6月「渋谷区に『笹塚の森』をつくりたいという話し、知っていますか?」、7月「『六ヶ所村再処理工場』を“検索”」、8月「あこがれの平和賞」、9月「シュトゥットガルト」、10月「それにしてもなんですよ!」、11月「シンプル・イズ・ベスト」、12月「でないと・・・」となっている。掲載の画像はその抜粋。
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世界的な不況の風の吹く中で、期待と不安が同居した形で新政権が誕生した我が国だが、沖縄の基地問題をはじめ、経済、環境等々、早急の対策を迫られている問題は山積み、長かった旧政権時代の“つけ”もあるのか、今ひとつ明確な道筋が見えてこないのが実情のようである。
結果として、このカレンダーに風刺されるようにはなって欲しくはないが、その全てに、我々個々人の生き方・考え方が多少なりとも影響を与えるのは確かなことである。社会に対しての責任、国に対しての責任、この星に生きる生物としての責任までも含めて、人として個人として真剣に真正面から向き合う必要があるだろう。
今回もそんな思いを巡らせてくれたそのカレンダーの内容に、やっと年末らしさを感じる12月の初旬である。
※このカレンダー、ネットでも購入できる。
2010・CALENDAR 「トイレで知る・考える」カレンダー
日曜日のこと、買物に出たついでに市内の楽器店にギター弦の調達に行った。連れ合いを見張りに路上駐車。連れ合いの「あれって、店長さんじゃないの?」の言葉に店の方を見てみれば、ウインドウごしに見える禿げた頭のスーツ姿の人物。ちょっと足元がおぼつかない様子だが、紛れもない店の主だ。久しぶりに見たその姿にかなりの“老い”を感じながら、ドアを開け店内に入る。私の「お久しぶりです♪」「私、憶えておいでですか?」に、「憶えていない。誰だっけ?」の答え。少々呂律が回っていない。
年齢もあるのだろうか、30年以上経っていることを思えば無理もないが、その反応に少々寂しさを感じつつ、我が目的の弦、YAMAHAのライトゲージの置いてある場所を聞いてみる。「ライトゲージはヘビーの横、カスタムライトゲージの方が良い音が出る♪」なんとも簡潔で明確な答え。ボケてはいないようである。
もう30年以上前になるが、私も音楽活動に熱を入れていた頃がある。その頃、演奏の練習の場として、この楽器店の運営するピアノ教室用の部屋を、夜の空いている時間に仲間と共に使わせてもらっていた。彼は、その頃流行り始めていたフォークソングというジャンルに目を向け、音楽を目指す地域の若者達に、その機会とその場を与えてくれていた人物。その成果かどうかはわからないが、私があるコンテストで入賞した時、遠路遥々会場まで駆けつけてくれた人物でもある。
さて肝心の弦だが、彼ご指定のカスタムライトは少々値段が高い。くたびれた我がギターには勿体無いだろうと通常のライトゲージを手にレジに向かった。その時、「〇〇君・・・か。」とぼそり。嬉しいことに思い出してくれたようだ。聞けば歳は70代、まだ若い。肝臓を悪くしているとのことだが、この地域の音楽シーンに貢献した人物の一人、まだまだ元気で頑張って欲しい。「また顔を出します」と告げ、店を後にした。
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