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市街地再開発 撮影日:2006年8月15日 撮影:管理人風越山(ふうえつざん) 撮影日:2006年8月15日 撮影:管理人この山、正式名称を「風越山(かざこしやま)」という。だが、地元高校の持つ名前のせいもあるのか、私を含め地元では「ふうえつざん」と呼ぶことが多い。
山頂近くには、718年(養老2年)に加賀国の白山霊場を開いた泰澄(たいちょう)によって開山されたという“白山社奥社”がある。そこに奉られている“白山妙理大権現”から、この山は「権現山(ごんげんやま)」と呼ばれていた。私自身子どもの頃にはそう呼んでいたのを覚えている。
標高1535m、山としてはやや低いが、その雄々しさゆえか、昔から皆に親しまれてきた山である。
異常気象が続く今日、こうした山の持つの自然の力は益々必要になってくる。そんな中、再開発と称する、麓を含めた市街地などの開発の動きが少々気になる昨今。元より自然が豊富な地である、それを壊すことなくこの地ならでは発展のさせ方はあるはずと思えるのだが。
山頂の“白山妙理大権現”はそんな下界の動きを愚かなことと見ているのだろう。

水引(みずひき) 撮影日:2006年8月13日 撮影者:管理人水引(みずひき) 撮影日:2006年8月13日 撮影者:管理人なんとも暑い日々が続く。日本列島の近くにいる台風がもたらす熱帯性の空気がその暑さの要因らしいが、連日の35℃を越える気温にはさすがに悲鳴を上げたくなる。
写真は水引(みずひき)である。この時期の野草としてはかなりポピュラーなものだが、今年はやや数が少ないようだ。
その名の水引(みずひき)は、ここ飯田地方の伝統の産業である。元禄の頃、飯田領主堀侯が凍豆腐を将軍に献上する際、「クレナイ」の儀式に習って紅白の水引を輪結びにしたことが始まりとされている。しかし、ほとんどの人は髷(まげ)を結っていた時代、水引(みずひき)はその髷(まげ)を結うための紙紐、元結(もとゆい)の副業だったようだ。
断髪令により元結(もとゆい)の需要は減り、その福業の水引(みずひき)が主要産業となっていったらしい。
現在、熨斗(のし)などに使われるのは知っての通り。元結(もとゆい)自体は相撲の力士の髷(まげ)を結うために今も残っている。

牡丹蔓(ぼたんづる) 撮影日:2006年8月6日 撮影者:管理人牡丹蔓(ぼたんづる) 撮影日:2006年8月6日 撮影者:管理人残暑が厳しいと予想された今年の夏。その予想通りなのか日中は30℃を遥かに越えることが多く、8月も中旬になるがまだまだ暑い日が続きそうな気配である。それでも朝晩の気温が夏の終わりを感じさせてくれる。
掲載の写真はこの時期に白い花を付ける牡丹蔓(ぼたんづる)である。牡丹(ぼたん)の名を持つがキンポウゲ科センニンソウ属の落葉蔓性木本となる。葉の形状からその名が付いたようだが、その花は同じ仲間の仙人草(せんにんそう)と区別できないほど類似している。
8月の始めに載せた草牡丹(くさぼたん)も同じ仲間になるが、茎、根、葉などに有毒成分を含んでいるのはこの仲間の特徴のようだ。この牡丹蔓(ぼたんづる)も例外ではなく有毒である。
この花が終わるころ山も里も秋の気配を感じるようになるが、朝晩の気温からその到来が早い予感もある。果たして今年はどんな秋になるのか、昨年のことを思うと不安を拭えないのは正直なところである。

玉紫陽花(たまあじさい) 撮影日:2006年8月1日 撮影者:管理人玉紫陽花(たまあじさい) 撮影日:2006年8月8日 撮影者:管理人梅雨に花開く紫陽花(あじさい)達はすでに花の時期を終えているが、遅れ馳せに咲く玉紫陽花(たまあじさい)は今真っ盛りである。
蕾は球状で、その中に全てが入っている。そのことからその名が付いたようだが、球状の蕾が日を追って割れ、花が開いていく様は結構面白いものだ。咲いた花は額紫陽花(がくあじさい)とよく似ている。他の紫陽花(あじさい)同様、ユキノシタ科アジサイ属の多年草である。

玉紫陽花(たまあじさい)の蕾 撮影日:2006年7月29日 撮影者:管理人 玉紫陽花(たまあじさい)蕾から花へ 撮影日:2006年7月29日 撮影者:管理人 玉紫陽花(たまあじさい)蕾から花へ2 撮影日:2006年7月29日 撮影者:管理人

 
梅雨明け後猛暑が続くここ数日、この玉紫陽花(たまあじさい)の花が終わる頃、徐々に秋の気配が漂い始める。昨年の秋から続く異常気象を思い、本格的な収穫の時期を前に今後の気候の状態が気になる昨今である。

掃溜菊(はきだめぎく) 撮影日:2006年8月8日 撮影者:管理人掃溜菊(はきだめぎく) 撮影日:2006年8月8日 撮影者:管理人梅雨が長く夏の訪れが遅かった今季、まるでそれを取り返すかのように暑い日々が続いている。
猛暑と思えるこのところの暑さ、日中木々が少なくアスファルトだらけの市街地などは歩けたものではない。いつも都市型市街地の弊害を感じながら、木があり草があるそんな街を望む昨今だが、現実に進みつつあるその方向はかなり違うようである。
それもあり、つい山の麓に安らぎを求めたくなるが、管理側を含め、そこもまた人々の思い違いによる弊害が増え始めているここ数年である。
そんな中、今年も山の麓の公園脇で掃溜菊(はきだめぎく)を見つけた。なんとも気の毒な名が付いているが、世田谷の経堂(きょうどう)にある掃溜めで見つかったため付いた名と聞く。中央・南アメリカ原産で、大正時代に日本に入ってきた気化植物ということだ。現在は本州の関東以西で見ることできる。
掃溜菊(はきだめぎく)、キク科コゴメギク属のたぶん一年草。掃溜めで見つかったことから、窒素分の多い地に生えると思われるこの野草。変わりつつある環境と人々の振舞いを、その脇から涼しげに見ているのだろうか。
発生している問題点を目の当たりにしてもその方向を変えられぬ現状に、今の経済システムの欠陥と、人の愚かさが見え隠れする。

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