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現の証拠(げんのしょうこ) 撮影日:2006年8月6日 撮影:管理人現の証拠(げんのしょうこ) 撮影日:2006年8月17日 撮影:管理人現の証拠(げんのしょうこ) 撮影日:2006年8月26日 撮影:管理人9月の声と共に急激に秋の様相が強まってきたように感じる。なんとなくだが、早い秋を予感する。
写真は現の証拠(げんのしょうこ)。日本の民間薬に使われる薬草としては代表的なもの。根を除く上の部分を天日で干して乾燥させ、それを土瓶などで煎じて飲むのだが、副作用がなく用量に気を使う必要はないということだ。名の由来は文字通り「現に効く証拠」という意味。フウロソウ科フウロソウ属の多年草となる。
今年、8月の雨量は例年の4割に満たなかったと聞いた。日付変更線を越え、ハリケーンから台風に変わった12号の直撃は免れたが、ニュースなどで報じる波の強さからその大きさ・強さが覗える。本格的な台風シーズンを迎えそのコースと大きさが気になるところだが、こういった台風は、飲料用は元より農作物を育てるにも不可欠となる水を供給してくれるものでもある。
温暖化が進み、その数と大きさにかなりの変化が見られる昨今に、某大国を襲ったハリケーンではないが、我が国に向かう台風がその強さを持つ可能性は高いと思われる。これも、危惧されながらもその流れを止められなかった現の証拠(げんのしょうこ)と言わざるを得ないが、本来ならば、人々の努力が実り僅かづつでも回復に向かう、そんな現の証拠(げんのしょうこ)を見たいものである。それは現社会の体制にもいえることだが。

屁糞蔓(へくそかずら) 撮影日:2006年8月30日 撮影:管理人屁糞蔓(へくそかずら) 撮影日:2006年8月30日 撮影:管理人野草の名前というものは風情を感じるものから、まるで手抜きで付けられたかのように感じるものまで様々だが、中にはかなり気の毒な名前を持つものもいくつかある。
この屁糞蔓(へくそかずら)もその一つだが、葉や茎を揉んだり、秋につく実を潰すとかなり強烈な匂いがすることから付けられた名のようだ。しかし、その名とは裏腹に花は結構可愛らしく見える。
そのためか、いくつかの別名を持っている。花を水に浮かべた形から“早乙女花(さおとめばな)”または“早乙女蔓(さおとめかずら)”。花の内側の赤い部分を灸(きゅう)の後に見立てて“灸(やいと)花”などである。
しかし、悪臭のため馬も食わないという意味から“馬食わず(うまくわず)”なる別名も存在することから、どうやらこの野草、その匂いの印象がかなり強かったようである。ただ、普通に鼻を近づけたくらいではそういった悪臭は感じられず、やはりその名は気の毒と思ってしまうのが正直なところである。
屁糞蔓(へくそかずら)、アカネ科ヘクソカズラ属の蔓性多年草。7月の終わりから9月中旬頃まで山野のいたる所で見られるが、この花が終わる頃この山の麓にも秋の気配が濃厚となってくる。
果たして今年はどんな秋が廻ってくるのか、昨年を思うとやや不安に感じるが、変わりのない季節の移り変わりを願う中で、夏の終わりを強く感じるこの頃である。

山杜鵑草(やまほととぎす) 撮影日:2006年8月12日 撮影:管理人山杜鵑草(やまほととぎす) 撮影日:2006年8月12日 撮影:管理人山杜鵑草(やまほととぎす) 撮影日:2006年8月12日 撮影:管理人朝晩の気温の低下と、聞こえ始めた夜の虫の音が、間近に迫った秋の到来を告げている。
写真は山杜鵑草(やまほととぎす)。8月から9月頃、藪などの日陰にひっそりと咲いているのが見られる。園芸用に庭などでよく見かける杜鵑草(ほととぎす)に比べその花はかなり小ぶりだが、直立した姿に野生のたくましさを感じる。
山杜鵑草(やまほととぎす)、ユリ科ホトトギス属の多年草。その原産地は日本である。
暑さが予想された8月。その予想通りだったのか、連日30℃を越える日々が続いた。かなり降雨量が少なく、野菜など作物への影響が心配されたが、その月もすでに終わりを告げた。
夏と秋の境に咲く野草と夜の虫の音に、ようやく秋を感じ始めたこの山間の盆地にも、“実りの秋”という呼び名の通り、黄金の季節が廻り来ることを願いつつ、今年の8月を見送ることにする。

稲(いね)の花 撮影日:2006年8月14日 撮影:管理人稲(いね) 撮影日:2006年8月14日 撮影:管理人田んぼの風景 撮影日:2006年8月14日 撮影:管理人早いもので8月ももう終わろうとしている。まだまだ残暑厳しい今年の夏だが、朝晩はかなり過ごしやすくなってきた。もう秋も間近なのだろう。
市街地から山の麓に向かって10分ほど、田んぼの並ぶ場所がある。以前からこの辺りは桃・梨・リンゴなどの果樹園や田んぼが多かった。時代の流れからその数はかなり減って来てはいるものの、まだ残るその景観にやや安堵した気分にさせられるのは正直なところだ。
昨今感じる再開発の流れから、この街が、この地域が、一体どこへ向かおうとしているのか、その具体的なビジョンすら見えてこないのが現状である。山の麓の自然を含め、こうした田や畑を残していけるそんな街、そんな地域になってほしいと感じるが、それにはまず私たちがそれを“強く望む”ことが必要なのだろう。
秋風が吹く頃この辺りでは、頭を垂れその色を黄金色に輝かせた稲たちの刈り取りを待つ風景が見られるようになる。

藪蘭(やぶらん) 撮影日:2006年8月12日 撮影:管理人藪蘭(やぶらん) 撮影日:2006年8月12日 撮影:管理人8月もすでに後半に入るがまだまだ残暑厳しい日々が続いている。
それでも日中35℃を上回ることは少なくなり、まるで温暖化によって加熱されたような今年の夏もそろそろ終わりに近づきつつあるようだ。だが、日々出される予報とは裏腹に降雨の確率が低いのがかなり気になるところ、やはり作物などへの影響が心配になる。
写真は藪蘭(やぶらん)。今月の初旬に載せた姫藪蘭(ひめやぶらん)と同じ仲間のユリ科ヤブラン属の多年草となる。別名を山菅(やますげ)といい、古くから歌に詠まれていたようである。
「ぬばたまの 黒髪山(くろかみやま)の山菅(やますげ)に 小雨零(ふ)りしき しくしく思ほゆ」柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)万葉集。
園芸用として品種改良されたのか、斑入りの葉を持つものがあるようで、庭園の木々の根元などに植えられることが多いと聞く。自生するものはその名の通り藪の中に咲き、あまり目立つことはない。そのためだろうか、花言葉は謙遜(けんそん)である。
その、死語となりつつある花言葉に、遠い昔の人々の暮しに想いを馳せながら、続く暑さの中で秋の到来を待つことにする。

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