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姫藪蘭(ひめやぶらん) 撮影日:2006年8月1日 撮影者:管理人姫藪蘭(ひめやぶらん) 撮影日:2006年8月1日 撮影者:管理人昨日、8月8日は今年の立秋となる。暦上ではこの日から秋に入ることになるが、実際には残暑が厳しく一年で最も暑い時期になる。この立秋までに梅雨明けが認められない場合、その年は“梅雨明けなし”とされるようである。
例年より梅雨明けが遅かった今季、夏の声と共に立秋が来てしまった感がある。それでもこれを境に人々から出される暑さの見舞い状は、“暑中見舞い”から“残暑見舞い”に変わることになる。
写真の野草は姫藪蘭(ひめやぶらん)。この時期、蛇の鬚(じゃのひげ)とよく似た葉の間に薄紫色の小さな花を付ける。蘭(らん)の名を持つがユリ科ヤブラン属の多年草である。
秋が短く、冬の到来が早かった去年だったが、夏の終わりから秋に向かって本格的な収穫時期を迎える日本列島、その変動は大きな意味を持っている。
立秋を過ぎまだまだ残暑の続く中、今年はどんな秋が廻ってくるのか、やはり気になるのが正直なところである。

合歓木(ねむのき) 撮影日:2006年7月30日 撮影者:管理人合歓木(ねむのき) 撮影日:2006年7月30日 撮影者:管理人これも温暖化の影響なのだろうか、連日35℃を越える猛暑が続いている。
写真は合歓木(ねむのき)である。夜になるとゆっくりと自分で葉を閉じ、それがまるで眠るように見えるため「眠りの木」となり、それがやがて「ねむの木」に変化したと聞く。漢字では「合歓木」と書くが、これは中国名のようである。
本日、我が県の知事選があった。前回を下回る投票率もあってか、組織票に頼る新人の当選が確実になったようである。政治的な要素に触れるつもりはないが、自然や山の森林を守る重要性を訴え続け、高齢化社会に対してもその道筋をきちんと示していた現知事が降板となるのは非常に残念である。
実際、高齢化が進み経済格差が広がりを見せている現状と、温暖化の影響が大きくなり、自然や山の持つ力が益々必要とされている昨今、新知事には現知事のやり残した課題を是非進めていって欲しいと願うだけである。
目を閉じて待っているだけでは現状は後退してしまう。夜眠るがごとく葉を閉じる合歓木(ねむのき)が昼はきちんと葉を開くように、この伊那の盆地に吹く風が淀まずにさわやかに吹き抜けるためにも、自治のあり方を含め、地域の現状と変貌、周りを取り巻く自然の変化など、目の前の経済の浮き沈みに一喜一憂せずに、しっかりと目を開き長いスパンで見ていきたいものだ。
さすればおのずとその道も為すべきことも見えてくるはずである。それはどこの地域でも、国に対しても全く同じことだろう。

高台の公園から見た棚田 撮影日:2006年7月30日 撮影者:管理人8月になり、いよいよ厳しい暑さが続くようになってきた。どうやら、東北方面の梅雨も明けたようである。
撮影のため時折訪れる城址公園。川を隔てた反対側も公園になっている。
いくぶん整備され過ぎているところが少々気になるが、高台に位置するゆえの風景は結構気に入っている。
遠く山並みの向こうには南アルプスが頭を覗かせ、眼下に棚田の風景を見ることができる。その棚田には、青々とした稲が元気そうに見える。
不穏と不安の渦巻く昨今の社会の中、そこから切り離されたような景観にしばし見とれていた。こうした風景、やはり心が和む。
この撮影に使用したカメラは、ネットで知り合った友人から借りているもの。画素数こそ200万画素と我が安デジカメと同じだが、光学12倍ズームの威力はなかなかのものがある。
ただ、三脚を使わない私には、その撮影は結構難しかったりするのだが。
そんな友人に感謝しながら、その棚田の風景を載せることにする。

草牡丹(くさぼたん) 撮影日:2006年7月22日 撮影者:管理人草牡丹(くさぼたん) 撮影日:2006年7月22日 撮影者:管理人梅雨も明け蒸し暑い日々が続くようになった。これで作物への日照不足が一気に解消されることを願う。
掲載の写真は山の麓の公園で毎年見かける草牡丹(くさぼたん)。1m近い背丈になるが、その生息する場所もあるのか、ここではあまり目立つ存在ではないようだ。その葉が牡丹(ぼたん)に似るところから付いた名ということだが、牡丹(ぼたん)とは違い、仙人草(せんにんそう)の仲間となる。キンポウゲ科センニンソウ属のたぶん多年草。
茎、根、葉などのほぼ全体にプロトアネモニンという有毒成分を含んでいる。肌に付くと火ぶくれ状の皮膚炎を起こすようで、当然口にするのは厳禁である。
そんな草牡丹(くさぼたん)の咲く夏の山麓公園だが、アウトドアブームのせいなのか、はたまた市の目論みか、何やらやたら騒がしいのが気にかかる昨今である。
いつの世も、人が集まればその場が汚れ、環境は壊されて行く。それは仕方がないこととは決して思いたくはないのだが。

駒繋ぎ(こまつなぎ) 撮影日:2006年7月23日 撮影者:管理人駒繋ぎ(こまつなぎ) 撮影日:2006年7月23日 撮影者:管理人北の一部を除き日本列島もようやく長かった梅雨が明けたようだ。これも温暖化の影響なのか、例年と違う夏の訪れに皆戸惑い気味なのは確かである。
もたらす大気の汚染を分かりながら化石燃料を使いつづけたその報いといえばそれまでだが、このところの迫りくるような気候の変動はかなり不穏に感じる。
掲載の写真は駒繋ぎ(こまつなぎ)。一見すると草のように見えるが、マメ科コマツナギ属の落葉低木である。その花は萩(はぎ)と良く似ている。
地中深く根をおろし簡単には抜けることがなく、茎が強健で折れ曲がらないため駒(馬)を繋いでおいたことからその名が付いたということだが、この葉を馬が好んで食べ、その場を離れなかったというのが本当の理由のようである。
古くからあるこうした野草の名前からは、いつも当時の日本の暮しが偲ばれる思いがするが、道端の低木に馬を繋ぎ、その葉を食べさせる。たぶん人もそこで一息ついたのだろう。
資源をむさぼるように使い、そのあげく環境を壊し、まるで破滅に向かって突っ走っているようにさえ思える現代社会。経済システムを含め、この当時の暮しとその速度から何か学ぶことはないのだろうか。
迫りくる温暖化の脅威の前に、未だ経済失速を恐れ有効な対策を打ち出せずにいる今の社会状況を見るにつけ思うことである。

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