
わが街飯田市を見下ろすように聳え立つ風越山(ふうえつざん)。718年(養老2年)に泰澄(たいちょう)により開山され、山頂近くに“白山社奥社”、山の麓に“元山白山神社”がある。その奥社に奉られた“白山妙理大権現”から、山を権現山(ごんげんやま)、麓の神社の森を権現堂(ごんげんどう)と呼ぶようになった。毎年敬老の日は、この権現堂(ごんげんどう)元山白山神社の秋の祭典が行なわれる。
この神社の氏子の地域に来てまだ30年たらずの私、あまりその祭典には参加したことはなかったが、今年地域の自治の役員になったこともあり、参道警護の役を仰せつかった。極端なローカルネタだが、その画像を2枚ほど載せる。
近代化の流れもあってか衰退してきたこうした伝統文化。それを復興させたいとの願いから、各地でこうした行事や祭典が再び行なわれ始めたと感じる昨今だが、この神社、区画整理の賜物か以前よりかなり太くなった車道がその前を横切り、参道はアスファルトで固められている。
昭和21年、飯田市を襲った大火で焼け出された人たちの仮設住宅を建てるため切り倒され、その数を減らしたと聞く参道の桜たちも、その後の環境のせいか年々その元気を失っているように見える。
その山があり、その森があり神社が奉られた。山が荒れ、森がなくなればその神社も意味を持たなくなるだろう。信仰的なものは別としても、たぶん秋の祭典には、収穫の喜びと次の年の変わらぬ豊作の祈願があったと思われる。その自然と環境を守ることの方がより大切と思える。
目の前を通る、高齢化のためだろうか青年とは言い難い人の多数混じる神輿の練りを、なんとも複雑な気持ちで見送った。
四手沙参(しでしゃじん)


その響きから、なんとも洋風な名前に思えるが、立派な漢字名である。そもそも“四手(しで)”とは、神社などの御幣(ごへい)、地域によっては幣束(へいそく)ともいうが、その垂れている白い紙のこと。相撲の横綱が、土俵入りの時に絞めている“綱”の前についているものといえば分かりやすいだろう。
花の感じがその“四手(しで)”に似ているということで付いた名ということである。後ろにつく沙参(しゃじん)は、釣鐘人参(つりがねにんじん)と同じ仲間を意味するようだが、その花の風体は全く違う。キキョウ科シデシャジン属の多年草となる。
7月から9月まで咲く、いわゆる夏の野草となるが、これもまた今年初めて見つけたものの一つである。
一雨ごとに秋の気温に近づきつつあるこの時期、山の麓に咲くこうした夏の野草もそろそろ最後の花を終え、迫り来る秋と厳しい冬の準備に入る頃となる。
その神事のための“四手(しで)”の名を持つ野草に、来年もまた変わりない季節が廻るのを祈願しながら、山の麓に訪れる秋を待つ。
藪蔓小豆(やぶつるあずき)


鳥や動物などにより運ばれてきたのだろうか、以前その場所では見かけなかった野草を見つけることが結構ある。この黄色の花を付けた野草も昨年までは見られなかったものだが、やはりその正体を知りたくなるのは人情、早速調べることにする。
その豆科らしき風体を頼りに野小豆(のあずき)という名にあたる。しかし、花は似ているが葉がどこか違う。さらに調べを進め行着いたのがこの藪蔓小豆(やぶつるあずき)である。私自身は初めて目にしたが、以外とポピュラーなものらしい。野小豆(のあずき)と共に餡子(あんこ)などに使う、あの小豆(あずき)の原種ということである。
ちなみに同じ仲間でも野小豆(のあずき)は多年草、藪蔓小豆(やぶつるあずき)は一年草となる。
風や鳥・動物などに運ばれて、その生育場所を広げる野草たち。あるものは淘汰され、あるものはその環境に適応して勢力をのばしていく。その繰り返しに自然界の逞しさを見る気がするが、こうした野草から作物を作り上げていった、昔の人々の強かさも見て取れる。
自然の中で生き、それを恐れ愛しみながらその恩恵を受けていた昔の人々。その繁栄のためか、やがてそれを支配できるとの勘違いからの今日までの振る舞い。その結果の気候の変動に改めてその脅威を知る。
こうした人の行動も大きな意味で自然の繰り返しの中の一つとも思うのだが、変わりつつある地球環境の中、淘汰され滅ぶものの中に、我々“人類”が含まれないことを祈る。
それは今後の我々の振る舞いにかかっているのだろうと、未だに原種を留めるこうした野草を見るにつけ思うことだが、我が国を始め、今の世界の情勢と、今の人々から、やや望み薄との感は否めないというのが正直な気持ちだろうか。
大錦草(おおにしきそう)

降り続く雨のせいか、朝晩はかなり肌寒さを感じるようになった。この急激な気温の変化には、やや草臥れてきた我が身体は順応できないらしく、暖房機を欲するとまではいかないが慌てて長袖を着込むことになった9月13日の朝である。
写真は大錦草(おおにしきそう)。日当たりの良い荒地や道端などで見られる北アメリカ原産の帰化植物である。夏から秋にかけ見逃しそうなほど小さく可愛らしい白い花を付ける。明治の頃に山梨県で始めて発見されたと聞くが、今では我が国原産かと思うほどごく普通に見られる野草である。
この国におけるこうした帰化植物はかなり多いものと思われるが、それは、この国が植物などの生育に適した環境を保有することを意味する。
動物も含まれるが、たまに、外来種を取り除いて在来種を守ろうという話しを聞くことがある。それはそれで見過ごせない現状はあるのだが、その外来種も危うくなるような気さえしてくる昨今の気象状況である。
外来在来を問わず、動植物全てが生き延びていけるそんな環境をどこまで保てるのか、温暖化のみならず、年々人の手によって変わって行く環境を見るにつけ思うことである。それは人が生きるにも必要な環境でもあるはずなのだが。
そんな思いをよそにその大錦草(おおにしきそう)は、今年もあたり一面にその勢力を堅持させているように見えた。
鵯上戸(ひよどりじょうご)


市街地などの写真を含めて、終了している“今日の一枚”開設時から撮り始めてそろそろ3年が経過するこの地の野草たち。まだまだ知らないものは結構ある。
今回掲載するのは“鵯上戸(ひよどりじょうご)”。昨年も撮影したがその名が分からないのもあって掲載を見送っていた。今年、同じ場所で花を咲かせているのを見かけ、また撮影となった。
花の後に緑色の実が付くが、やがて赤く熟しそれを鵯(ひよどり)が好んで食べるためその名が付いたということだ。だが、実にはソラニンという神経毒が含まれているらしく、果たしてそれを好んで食べるのだろうかという疑問は残る。その神経毒のために食べた後、酒に酔ったような状態になり、後ろの“上戸(じょうご)”が付いたという説もあるようだが、その真相は分からない。
しかし、それが本当ならばその酔っ払った鵯(ひよどり)を見てみたい気分になってくるのは、やはり人情だろうか。
9月もそろそろ中旬。朝晩の気温も低くなり夏の終わりを強く感じるようになってきた。その夏の終わりと重なるように我が国の首相の任期が終わる。TVニュースでは次の与党の党首、いわゆる次期首相の候補のことでやたら騒がしい。
元より我々国民は手が出せないことだが、国の方向を左右する意味で気になるのは確かである。その顔ぶれと政策、“鵯上戸(ひよどりじょうご)の実”でも食べなければ見られない聞かれないなどという現状は別にしてだが。
鵯上戸(ひよどりじょうご)、明るい林や山道などでよく見られるナス科ナス属の蔓性多年草である。