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今回の収穫♪ 撮影日:2012年5日 撮影:管理人今年の黄金連休も今日が最後、生憎、今日の飯田地方の天気はあまりよくないようである。朝から雷と激しい雨と風。直ぐに止んだが、空は不穏な様子を漂わせている。今日一日、こんな天候が続くのだろうか。
昨日のこと、久しぶりに風越山麓にある「妙琴公園」あたりを散策。川沿いに少しおくまで入ってみる。実は目当ての山菜「イタドリ」採取を兼ねている。
「イタドリ」。漢字では「虎杖」と書くらしいが、それはその風体にあるようだ。ここ飯田地方では「イタンドリ」と呼ぶが、「スカンポ」と呼ぶ地域もあると聞く。私の認識では「スカンポ」は「スイバ」のことで、「スイバ」は「スイコンボウ」呼んでいる。
話がそれたが、その「イタドリ」は私の好物。この時期の楽しみである。大抵は塩漬けにするが、採れたその日は「土佐炒め」にするのが良い。これが酒に最高に合うのだ。
採ってきたイタドリは直ぐに皮をむき適当にきって水に晒しておく。晒しすぎると肝心の酸味が消えてしまうが、シュウ酸を抜くために、ある程度の時間晒しておいた方が良いだろう。
通常は「採取・皮をむく・水に晒す」と、ここまでが私の領分だが、我が家の場合、炒め物は私の仕事。早速鰹節と共にフライパンで炒めてその夜の酒の摘みとなった。
子供のころは、皮をむいてそのまま塩を付けて食べたものだが、シュウ酸が含まれるため、生食の大量摂取は避けた方が無難である。

そんな自然の恵みを口にできることに感謝しながら、残りのものを連れ合いに塩漬けにしてもらうことにする。後はよろしく♪
写真は今回の収穫。今年は、まだちょっと早かったのか、あまり太いものが少ないようだ。それでも多少は楽しめそうである。

リハーサル風景 撮影:2012年4月20日寒暖の差が妙に激しい今季、私の住む飯田市の桜もその開花がかなり遅れ気味となった。それでも4月の半ばに差し掛かるころには、見事な花を枝いっぱいに付け始めた。例年ならばその種によってかなりのばらつきがあった開花だが、低温が続いていたせいもあるのか、気温が上がると、満を持したかのように一斉の開花である。
そんな桜の時期、毎年この地でライブを行うシンガーがいる。「豊田勇造」そのシンガーの名である。彼の記事を載せるのは今回で7回目となる。
3年ほど前から、ポスター・チラシ・チケット・ホームページ作成など、スタッフのような形で関わるようになった私だが、例外なく今回も、集客を含めて、諸々に奮闘することになった。今年のタイトルは「桜吹雪」。彼の歌の題名でもある。
ライブは今年も2部構成、アンコールを含めて全16曲のライブ。初っ端から新曲を連発したのには少々驚いたが、その入り方から、今年の彼の内側が見え隠れする。昨年に比べ、多少動員数は減ったが、三十数名の聞き手の中で、ゆっくりと彼の歌が始まった。
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2012年賀災い多き2011年が去り、2012年が始まった。
3月11日、東北を襲った大きな地震と津波。自然の持つ計り知れない力を目の当たりにして、成す術もなかった。そして、その惨劇に追い討ちをかけたのが原発の存在である。
天災と人災。戦後、便利さと豊かさを求め突き進んできたこの国。その結果なのか、自然も人の生きるサイクルさえも蔑ろにするように、増殖を続ける経済重視の社会システムは、エネルギーを無駄にバカ食いしながら、さらなるエネルギーを求めてきた。そんな状況と、中枢部に蠢く諸々の思惑が重り、電力需要を賄う名目の元、唯一の被曝国が原子力に手を染めることになった。気が付けば、この国の海岸沿いは原発が乱立している。
「こんな国に誰がした」と言いたいところだが、我々個人個人の日々の暮らしがその一因になっているのは確かだろう。オール電化と言わないまでも、電気の占める割合はかなり多いのが実状だ。その全てを放棄しろとはいえないが、もう一度個人の暮らしぶり、いや、生き方そのものを見直してみる必要はあるのだろう。
さて、久しぶりのブログ更新である、年頭から訳の分からぬ理屈を並べるのはこの位にするが、「冷温停止」などと現状も意味も分からぬまま、そんな宣言をしてしまう愚かな税金食い虫たちを野放しにしてしまった個人の責任を、己自らにも感じつつ今後の動向を見守りたい。
「人は学習する動物、学習できる動物」。せめてそう思える自分、地域、国、そして世界でありたい。

2012年辰年、新年あけましておめでとうございます。
この年が全ての人により良い年でありますように、心からそれを願いながら今年最初のブログ投稿。

本年もよろしくお願いいたします。

久々の投稿となる。
この内容は、mixiの自分の日記に、先ほど(午前9時ごろ)投稿した文章と同文になる。

8月15日、お盆、そして終戦記念日、終戦の日とも呼ばれる。
1945年、8月14日にポツダム宣言を受諾。翌日の15日、玉音放送で、あの太平洋戦争は終結した。66年前のことである。
終戦後に生まれた私、高度成長期の前の貧乏暮らしは知るものの、実際に戦争の苦しさ、辛さ、悲惨さは目にしたわけではない。戦後の教育を受け、民主主義の思想の中で、ここまで生きてきた。
その後、社会主義国家の変化、ドイツ東西統合など、世界は資本主義国家の先導の元、民主主義を主体に、平和の道を突き進むように思えた。
2001年9月11日。あの、911事件から、世界の何かが変わった。大義名分を掲げ、石油利権のために中東の国に攻め入った大国。その衝撃的な事件が皮切りになったのか、落ち込む経済が後を押したのか、この世紀になっても争いの火種は消えず、新たな火種も噴出しているように思える。
全面支持をしたこの国。前世紀の戦争を含めて、未だにその総括も出来ていない。

右だ左だと言われていたうちはまだ良かったのだろう。それすら分からず、ただ感情的に他国を批判する声が聞こえてくる。それが無性に気にかかる今日に、あの忌まわしい戦争から、被曝によって終結・敗戦という悲惨な経験から、我々は何を学べばいいのだろうか。
今を生きる者の意識で、その後が変わっていく。今を生ている我々の責任は重い。

“そこに「人権・人道」という意識があれば、もう決して道は踏み外さない”。私はそう思いたい。

例年にないほどの早い梅雨入りで、少々面食らっている今年、それにしてもこの寒暖の差はなんなのだろう。その影響か、なかなか成長しない茄子や胡瓜に四苦八苦しているにわか百姓の我が家である。
そんな6月、ツレアイの出勤場所が変った。以前は徒歩で通えたが、これからはそうはいかないようだ。中古の軽自動車が1台の我が家、普段、家で作業している私だが、この地域、足がなくなるのは結構辛い。ツレアイがペーパードライバーというのもあって毎日送り迎えをしている。
その出勤場所へは20分弱で到着する。国道を避けて裏通りを通るわけだが、目的地近く、坂を下りるとなだらかに拓けた場所に出る。その少し向こうは国道153が走り、昼夜問わず車の激しい往来ある。だが、こうして少し外れれば、田はあり、畑の見える風景が残っているのは嬉しい。
季節を感じられる、そんな場所、そんな地域、出来ればずっと残って欲しいものだが、未だ経済神話を信じている地域情勢ではそれも望み薄か。昨今の開発の動きから、多分、いつかはここの風景も変ってしまうのだろう。

両側に水田の広がる場所がある。それを分けるように通る道路の、路面すれすれを沢山のツバメが飛び交っている。今は巣づくりの時期。多分、巣の材料を確保するために奮闘しているのだろう。彼らの動きはすばやい。それでも、それを横切るように進むのはかなり神経を使う。しかし彼らは、そんな思いをあざ笑うようにヒラリヒラリと車をかわし、前後左右を往来している。彼らが、人の営みを利用するように生きはじめて長い。多分その辺りは心得ているのだろう。
そんな彼らの動きが一段落して、軒先の巣に子ツバメの声が聞こえ始める頃には、この伊那谷も梅雨明けとなるのか。猛暑が予想されている今年、いったいどんな夏がやってくるのだろう。

先日、東北地方も梅雨入りしようだが、梅雨前線の場所から、今後の豪雨が予想されるらしい。今朝起きた、大きな余震を含めて、まだまだ被災地に不安は続いているが、進まぬ復興の根幹にある原発事故、昨今の政治のドタバタと、今後を含めて、本当に何が必要なのか、どうすべきかを、もう一度真剣に考えて欲しいものである。
今後を踏まえ、我々一個人の意識改善も、生活形態改善も、決して例外ではないことは肝に銘じておきたいが、毎年飛来するツバメたちに笑われないように、せめてもう少し目をあけて、世の動きの真相、事の本質くらいは見抜いていたい。

毎年、ツバメを見ると思い出す友が居る。ネットを通じて知り合った。すでに2回ほど私に逢いに来てくれた。梅雨空の下、そんな彼に遭いたくなる、ツバメの街道、明日も通る道である。

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