夏から秋へ「トンボの群れ」

ブログの更新もしないままに、気がつけば9月も後半、明日からは連休に突入する。飯田地方、日中はまだ25℃を上回るものの、朝晩は15℃前後とかなり涼しくなってきた。10月上旬の気候ということだが、この頃の気温の変化の大きさには、我が身体は対応しきれていない様子である。
今月の上旬のこと、出かけたついでに山麓公園辺りをうろついてみた。野草たちの振る舞いに季節感を感じなくなった昨今だが、吹き抜ける風は夏の終わりと秋の始まりを感じさせ、心做しか人恋しくなってくる。そんな感傷に浸りながら川縁まで来た時、トンボの群れが私を取り囲んだ。「アキアカネ」である。
春に羽化した彼らは、しばらく平地に留まるが、
夏の暑さが辺りを覆う頃、それを避けるように高地に移動する。稲穂が垂れ始めて秋の気配が濃厚になると、産卵のためまた平地に下りてくる。
気候の異変に早々と反応してか、野草など植物たちの生態に季節感が失われつつある中、このアキアカネのように、頑なに今までの生息パターンを守りつづけているものもいるようである。そのどちらが正解なのかは分からないが、やがて長い時間をかけて淘汰され、生物全体の形態も変わって行くのだろう。
自然と乖離してしまった我々“人”が、淘汰され残る生物の仲間には入れるかどうかはなんとも言えないところだが、季節の持つ本来の意味は固より、温暖化のため変化していく気候が齎す影響の大きさと、その深刻ささえ実感できない現状ではその可能性は低いのかもしれない。
そんなことを考えながら歩く私の頭の上を、そのトンボたちは、まるで秋が来たのを教えるかのように、いつまでも飛び回っていた。

8月も今日で終わる。残暑厳しい中にも、朝晩の気温の低下と共に感じる風は、秋の香りを漂わせ始めている。
写真は水引(みずひき)。どこにでも見られるこの時期の野草としてはかなりポピュラーなものだろうか。
名の由来は、文字通り“熨斗(のし)”などに使われるあの水引(みずひき)から。日陰を好み目立ち難いが、群生することが多く、意外と騒々しい野草である。花はかなり小さく虫眼鏡が要るが、タデ科特有の可愛らしい形している。
水引(みずひき)といえば、ここ飯田地方の伝統の産業である。元禄の頃、飯田領主堀侯が凍豆腐を将軍に献上する際、「クレナイ」の儀式に習って紅白の水引を輪結びにしたことが始まりとされているが、ほとんどの人は髷(まげ)を結っていた時代、水引(みずひき)はその髷(まげ)を結うための紙紐、元結(もとゆい)の副業だったようだ。断髪令により元結(もとゆい)の需要は減り、その福業の水引(みずひき)が主要産業となっていったらしい。
現在は、熨斗(のし)などに使われるのは知っての通りだが、元結(もとゆい)自体は、相撲の力士の髷(まげ)を結うために今も残っている。
外来種が多い野草の中で、この“水引(みずひき)”は、日本各地に自生する古来からの在来種。変わる気候と経済の中、どちらも変わらずに残って欲しいものだ。
昨日の日曜日は衆院選の投票日。政権交代選挙ともいえることからその注目度も高く、我が地域もそれなりに高い投票率だったようだ。
マニュフェスト、比べたその政策から苦渋の選択をした人も多かったのではないかと思うが、それでも風は吹いたようだ。
経済を含めて迷走するこの国をどこに向かわせるのか。残る伝統と、昭和・20世紀の経験を無駄にせず、本来の進む道をしっかり見せて欲しいものである。
当然だが、我々個人の考えも、生き方も、それに大きく関わってくることを忘れないようにしたい。
玉紫陽花(たまあじさい)

気が付けば8月も早15日が過ぎてしまった。前回の投稿からこれだけ間があくとさすがに内容に苦労する。汗ばむ夏の気候の中、久々にブログ「盆地に吹く風」の更新となる。
夏。この暑い最中に花開く玉紫陽花(たまあじさい)。蕾が球状であることから付いた名前らしいが、花開けば額紫陽花(がくあじさい)とよく似た形が現われる。
他の紫陽花(あじさい)同様にユキノシタ科アジサイ属の多年草である。
そんな暑い夏に毎年訪れるのが終戦記念日。今から64年前の今日は、この国の軍の戦争当事者である昭和天皇が戦争の終結を国民に告げた日である。TVなどで、当日の式典は固より、その戦争をテーマした番組が恒例のように流されるこの時期。戦争は知らずとも、この日の意味することは誰しも知り得るはず。
今日の某新聞の社説に、被爆地の某大学のある機関が、昨年、同大の学生を対象に行なった調査で「終戦の日」がいつなのか正しく答えられたのは33%強だったと載せていた。
あの時、何故戦争に突き進んでいったのか。何故それを止められなかったのか。正面から向き合えないまま徐々に薄れていくのだろうか。悲惨な犠牲者の面と、それに隠れて見落としがちな残酷な加害者の面。国として、社会として、一人の人間として、この国に生きる全ての人が認識することが必要に思える。
私自身も戦後の生まれである。その戦争自体は知る由もないが、昭和を生きたひとりとして、20世紀を知る一人として、いつも心に問いかけている。
玉紫陽花(たまあじさい)の画像を載せながらそんなことを思う暑い日差しの盆の一日。今年、今日になりやっと梅を干すことができた。



