« 前ページへ    次ページへ »

ソラマメの花♪今年は豆類に力を入れているらしい 撮影:2010年3月7日・管理人ソラマメの花♪今年は豆類に力を入れているらしい 撮影:2010年3月7日・管理人気がつけば、前回投稿から一ヶ月近くが経つ。疲れ気味なのか、マンネリなのか、投稿頻度が極端に落ちている昨今、やや反省しつつ、3月最初の投稿となる。
先週は、この時期とは思えない20℃を越えた日があったが、今日は最高で7℃を少し越えた程度。三寒四温と、寒さをぶり返しながらゆっくりと春に向かうのが今の季節だが、例年にない大きな寒暖の差と、予想を上回る天候の変化は、己の年齢による体力低下を差し引いても耐え難いものだ。正直、かなり身に応える。
先日、付き合いのある※農園まで、お願いしていた米を受け取りに行った時、出迎えてくれた農園主の「天候が悪かろうが、気温が高かろうが、気温が低かろうが、野菜たちは待ってはくれない。」の言葉を思い出すが、長年自然を相手に生活している人でも、この異変は予想をはるかに超えているのだろう。
それでも、最低気温が-3℃や-4℃程度なら、2重にした温室内の地温は保たれて、重油などを焚く必要がないという。経費削減と環境を考えた彼の作物作りは敬服に値するが、消費者である我々も、農家を食い物するように発展した某団体が決めた、売らんがための規格のため“栄養もなければ味もなく、旬もないが揃っているきれいな野菜”に惑わされることなく、是非本物を購入したいものである。

さて、支持率が下がる一方の新政権だが、その政権が打ち出している温室効果ガス25%削減に「それでは国際的な競争に勝てない」「経済発展が保たれない」と経団連が“ケチ”を付けたと聞く。
豊かさを信じ突き進んできた結果が今である。そろそろ目を覚ましてもいい頃と思うが、やはり、経済システムをそのままに、環境問題だけを何とかしようとすること自体に問題があるのだろう。例の、大型家電や大型車に多く付けられるエコポイントではないが、廃棄物の考慮もせずエコといえば許されるとばかりに血税を多量に注ぎ込み借金を増やすお粗末な行政の中、今後この国はどうなって行くのか。世界の足並みがそろわないままに、この星はどうなって行くのか。三寒四温と徐々に春に向かうこの時期に、何ともお寒いのが現状のようである。
せめて、緩やかな春が訪れることを願いつつ、まるで冬に逆戻りしたように思える気温の中、暖房機にかじりつきながらそんなことを考えている3月の初旬、それでも来週の後半には、暖かくなるということだ。

※農園=農園さくら
スローライフ」→「スローフードにこだわる」→「野菜作りと古代米」参照
写真は、その農園さくらの温室で撮影した、そら豆の花。今年は豆類に力を入れるらしい。

猫柳(ねこやなぎ)。別名、川柳(かわやなぎ)。 撮影日:2010年1月31日・管理人猫柳(ねこやなぎ)。別名、川柳(かわやなぎ)。 撮影日:2010年1月31日・管理人2010年も早2ヶ月目に入る。今日2月の4日は二十四節気の一つ、立春である。今日から立夏までが暦の上の春になる。立春を過ぎると、少しずつ寒さが緩み始め、春の気配が感じられるようになるが、この“立春”、そういった気象状況から定められたのではなく、冬至から春分までの中間点としての単なる暦法上の都合ということだ。撰日法(せんじつほう)による節切りでは、立春から啓蟄までが正月となる。顔を出す土筆(つくし) 撮影日:2010年1月31日・管理人猫柳(ねこやなぎ)。別名、川柳(かわやなぎ)。 撮影日:2010年1月31日・管理人
さて、我が飯田地方、一日の日にドカ雪を齎した低気圧の影響で、昨日辺りからまた寒さがぶり返している。しかし、晴れた日には早々と朝の日差しが部屋の中に射し込み、まだ焦点の定まらぬ私の眠気眼を開かせてくれるようになって来た。そんな春めく日が増えつつあるこの頃、そろそろ寒さとも別れを告げたいとばかりに、我が身体はもう春の体制に入っている様子である。ゆえに、このぶり返される寒さはやたら骨身に応えるというのが実感だろうか。
画像は先月の終わりに、山麓公園付近で撮影した猫柳(ねこやなぎ)と土筆(つくし)である。この時期、こうした野草たちが、年々変わりつつある気候の中で、その気候の変化を確かめるように、出ては枯れ出ては枯れを繰り返しながら、やがて来るであろう暖かな季節に向けて、勢力を伸ばすべく挑戦を繰り返している。
そんな彼らの生態に、自然界の持つ逞しさを痛感するが、果たして今季もいつも通りの季節が訪れるのか、彼らのその動きからは読み取れない。
立春を迎え、早々と春の暖かさが恋しくなっているが、今この地方には低温注意報が出されている。例年ならば寒さはこれからが本番となる。

木の枝でじっとしているキジ鳩 撮影:2010年1月14日・管理人真冬日の日の雪景色 撮影:2010年1月14日・管理人暖冬といわれている今季だが、1月の気温は上がったり下がったりと寒暖の差が著しい。今週の日本列島は、暖かかった先週とは打って変わり、2月の頃を思わせるほどの冷え込みとなっている。ここ飯田地方も例外ではなく、連日凍てつくような日々が続く。昨日14日は真冬日となった。
その昨日のこと。前日からの雪は10cm程度は積っただろうか、久々に白い絨毯に覆われる我が生息地域だった。まだ雪が断続的に降り続く中、完治していない五十肩と、相変わらず心許ない我が腰を心配しつつ、意を決して雪掻きに挑んだわけだが、氷点下という気温のため午前10時前後という時間帯にも関わらず、雪掻きで現われた地面はあっという間に白くなっていった。
車とその周り・公道までの脇道等々と、なんとか粗方の除雪を終え、いつもの「ついでの写真撮影」となる。掲載の写真は、近くの雪景色と木の枝にいたキジ鳩。寒いのだろうか、耐えるように木の枝で丸くなりじっとしているのが印象的だった。
予報では、来週はかなり暖かくなり、場所によっては桜の咲く頃の気候になるという話しだが、やっと寒さに順応しようとしている我が身体を思うと、その暖かさの後に来る気温が気になるところだ。
続く寒暖の差に、老いたわが身体は悲鳴を上げそうな毎日、本来ならば寒さはこれからが佳境に入るはずである。あのキジ鳩のようにじっと寒さに耐えながらも、早々と春の到来を心待ちにしている軟弱者の私である。

2010年年賀 3D画像制作:管理人2010年、平成22年の幕開け。
某大国を始めとして我が国でも政権交代がなされ、“チェンジ”を合言葉に、諸々に新たな進展が期待された昨年だったが、世界を巻き込む不況の嵐は、資本主義という経済システムの欠陥を浮き彫りにした。
未だその経済神話を信じるものたちは、環境のための会議においても、損得の感覚から離脱できないようだが、己たちの生存区域を自ら狭めるような行為は、そろそろご法度にすべきだろう。
環境・経済ともに大きな不安を残したままの新年の幕開けとなったが、欠陥だらけの今の経済システムを捨て、新たな仕組みを作り上げられるかどうかが今後の一番の課題となろう。
何を求めどこへ行くのか。当然、我々個人の生き方もそれに大きく関わってくるのは事実。落ち込む経済の中、“氾濫するエコという言葉のまやかし”に惑わされることなく、本当の意味でのエコロジーを考えて行きたいものである。
そんな新年を迎え、毎度の在り来たり表現となるが、この新たな年が全ての人々にとってより良い年になることを心より願いながら、「バーチャルタウンいいだ」から2010年寅年の年賀。
本年もよろしくお願い申し上げます♪

◆     ◆     ◆
平成22年 元旦
バーチャルタウンいいだ
管理人

マイヒットカレンダー。表紙の一部アップマイヒットカレンダー。表紙。気がつけば12月、師走と呼ばれる月、今年も残り一月を切ったことになるが、月の初めということもあるのか、世の動きにはまだまだ年末らしさは感じられないようだ。来年に向けてさらに厳しさを増しそうな経済の流れの中、果たしてどんな年末になるのか、どんな年を迎えることになるのか、少々不安な気持ちで残り少なくなった日めくりをめくる毎日である。
そんな年末、我が連れ合いは、昨年12月に「マイヒットカレンダー」としてこのブログに載せたカレンダーを今年も購入してきた。「トイレで知る・考えるカレンダー」。昨年「カレンダーをトイレに置くことは運気が下がる」と教えられたが、小さく「もし2%の人に読んでいただけたら・・・」とも書かれているそのカレンダーは、そんな風水さえも忘れるくらい、今を、今の時代を、真剣に考えさせてくれる。やはり今年もわが家ではヒットカレンダーとなった。
今年の月別のお題は、1月「ニューリーダー」、2月「愛ちゃんは太郎のお嫁さん」、3月「忠虫『ハチ』の噂」、4月「新休日提案」、5月「うちの親父」、6月「渋谷区に『笹塚の森』をつくりたいという話し、知っていますか?」、7月「『六ヶ所村再処理工場』を“検索”」、8月「あこがれの平和賞」、9月「シュトゥットガルト」、10月「それにしてもなんですよ!」、11月「シンプル・イズ・ベスト」、12月「でないと・・・」となっている。掲載の画像はその抜粋。

5月「うちの親父」 7月「『六ヶ所村再処理工場』を“検索”」 9月「シュトゥッガルト」 10月「それにしてもなんですよ!」

世界的な不況の風の吹く中で、期待と不安が同居した形で新政権が誕生した我が国だが、沖縄の基地問題をはじめ、経済、環境等々、早急の対策を迫られている問題は山積み、長かった旧政権時代の“つけ”もあるのか、今ひとつ明確な道筋が見えてこないのが実情のようである。
結果として、このカレンダーに風刺されるようにはなって欲しくはないが、その全てに、我々個々人の生き方・考え方が多少なりとも影響を与えるのは確かなことである。社会に対しての責任、国に対しての責任、この星に生きる生物としての責任までも含めて、人として個人として真剣に真正面から向き合う必要があるだろう。
今回もそんな思いを巡らせてくれたそのカレンダーの内容に、やっと年末らしさを感じる12月の初旬である。

※このカレンダー、ネットでも購入できる。
2010・CALENDAR 「トイレで知る・考える」カレンダー

△このページの先頭へ△     « 前ページへ    次ページへ »