I Have a Dream

強い寒波の影響か、例年になく冷え込んでいる日本列島、予告もなくジリジリと値上がりする灯油価格を気にしながら暖房器にかじりつく毎日である。
そんな寒さ増す1月の第三日曜日、知人と共に辰野町まで出かけた。南北に長い我が県だが、辰野町はその中間辺り、諏訪のやや南に位置する。そこには、翻訳家であり大学の英語教諭・教授でもある、三浦久氏が運営する「OREAD(オーリアッド)」がある。時折だが、オープンマイクのライブに、我々も飛び入りで参加させてもらっている、ライブハウスを兼ねた小さなナイトレストランといったようなところだ。三浦氏は、プロのシンガーソングライターでもあり、この日はそこで「キング牧師の日チャリティーコンサート」の開催日、今年で3回目ということだ。
奏者として参加させてもらえると知った我々。その前日、三浦氏からのメールを受け取った者を筆頭にオートハープ奏者と私、計3名の有志が、いつもたむろしているライブハウスに集まり、曲を決め、軽く音合わせ。3人で1曲の予定である。当日になり、急遽1人行かれなくなったが、残りの二人は午前11時ごろ寒さの中を勇んで出発した。
~キング牧師、Dr.Martin Luther King Jr(マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師)、1929年ジョージア州アトランタに生まれ、25歳でアラバマ州モンゴメリーの黒人教会の牧師になる。26歳の時に、差別に抗議した主婦が逮捕されたのをきっかけに、公民権運動に加わることになる。非暴力を貫き、すべての人の自由と平等を訴えた彼の言葉は多くの共感を呼び、1964年、ついに公民権法が制定された。その後、ノーベル平和賞を受賞するも、1968年4月にテネシー州メンフィスで凶弾に倒れる。39歳の若さだった。その事件と共に、彼のスピーチ「I Have a Dream」は、世界を駆け巡った。~
ネット上で調べたキング牧師の情報を、私なりに要約したものだが、朗々とまるで唄うような彼のスピーチの模様はTVなどで見た人も多いだろう。それと共に、自由を掲げた大国の、未だ根深く残る人種差別と、輝かしい発展の裏に存在する陰のような部分を見せつけられたのも確かである。
戦後、その大国の尻馬に乗るように、分けもわからず我武者羅に突っ走ってきた我が国。結果、経済大国と呼ばれるようにはなったが、その反面、自由の履き違えなのか、社会性の欠落した人間、社会的責任を無視した企業等を多く登場させたのも事実だろう。
「I Have a Dream(私には夢がある)」。その置かれた立場から非暴力と人種差別撤廃を訴えたキング牧師。我々はそれをどう受け取り、どう活かし、どう伝えるべきなのだろうか。置かれた立場、境遇は違えど、その「I Have a Dream」は、きっと、人類共通の“夢”となるのだろう。
わが国の中枢部では、保身のための茶番劇が堂々と繰り広げられている。そんな、なんともお粗末な国にあって、ふと、そんなことを考えさせてくれた今回の辰野行きだった。
さて、我が出来は別として、ほぼ満員状態の中、なんとも良い雰囲気で進んだそのチャリティライブ、今回の収益金で、9名のカンボジアとラオスの子供たちを1年間学校へ通わす、その手伝いが出来るということである。最後には、簡単なティ-パティーがあり、和やかな雰囲気のまま、気分良く帰路についた。
最後になったが、諸々の事情から参加不参加が二転三転する中、快く迎えてくれた三浦氏に心より感謝して今回の投稿を終わる。
本当にありがとうございました。
※オーリアッドホームページ:
http://www.secondwind.jp
三浦氏の歌うI Have a Dreamも聞くことが出来る。
※ライブの様子が載っている三浦氏の日記「OREAD Diary」:
http://www.secondwind.jp/oreaddiarynew88.htm
上記の日記の「January 16, Sunday」がこのライブの記事。
仲間と一曲っていいですね!
ぺんた>
当日は、ピアノとベースが加わってくれたので、おいらの下手くそなギターは何とか誤魔化せました・・・がぁ・・・、
我々がやったのはボブディランの「I shall be released」という曲。一緒に行った人はブルースハープで、ギターとボーカルはおいら。いろんな人がカバーしている曲なんだけど、日本語の訳詞は今ひとつピンと来ないのよね。でね、おいら以前から原語のままカバーさせてもらってたのよ。この日は「キング牧師の日のチャリティ」ということで、英語圏の方が多数いらしてたのよね。そこで歌う英語の歌、それはそれは勇気が要りましたわいな。